小田原きよしのプロフィール

小田原きよし 12の挑戦

著書

ヒトのチカラ。 ヒトのチカラ。

ヒトのチカラ。―東日本大震災被災地、災害ボランティアセンターで起こったいくつものドラマ。ボランティアって何するの?

松島を望む風光明媚な浜の町、宮城県宮城郡七ヶ浜町。15mの波に襲われた震災から150日。ボランティアとニーズをマッチングする、災害ボランティアセンターを取り巻く感動的な物語と、知っておきたい情報までが詰まったノンフィクション。ボランティアをしたい!でも、どうやって?あなたに何ができるのか?何を知っていればいいのか?ボランティアに行きたい人、行きたいけど行けない人、必読。被災者の心を励ます声かけのタブー…等、現地で本当に役に立つボランティアであるための不可欠の知識も。

プロフィール

 私、小田原きよしは自衛官を父に持つ家庭で育ちました。国民の生命を衞り平和を保つ為に働く自衛官の生命は、国会議員の手に委ねられていると言っても過言ではありません。有事の際、危険を顧みず誇りを持って任務に向かう父の姿を見てきた私は、自衛官とその家族の思いを大切にし、自ら国政の場で国民の皆様方の生命を守って行くことを強く決意いたしました。

 平成23年3月震災後いち早く被災地宮城県七ヶ浜町に単独で乗り込み、テント生活を続けながら1年以上町民の皆さんとボランティア活動に参加しました。 被災地への救援、復興対応が後手後手にまわる政府の稚拙な対応に苛立ちを覚えました。国会議員は本当に仕事をしているのだろうかという強い憤りも覚えました。未だ進まぬ原発事故の処理、代替エネルギーの確保等、一刻も早く解決しなければならない問題が山積されたままの状況です。私、小田原きよしは居ても立ってもいられない気持ちで国政に挑みます。這いつくばる時は皆と共に這いつくばる代表になります。

 過去数年、政治の世界を振り返ってみると、政治家が人気取りと口先だけのパフォーマンスに明け暮れていた様に見えます。決めなければいけない肝心 な重要事項については、決定の先送りと官僚任せの無責任状態が放置されている様にも見えます。国民を置き去りにしてはいないでしょうか。厳しい現実を見据え、国民の皆さんに正直に説明して行く勇気のある政治を実現させます。

 私、小田原きよしは国民を向いた政治を取り戻し、これから20年、30年先の我が国のビジョンを国民の皆さんと語り合える国にする為、全力を尽くして参ります。

 国を守るにも、国民の生活を支えるにも、稼ぐ力を盛り返す必要があります。23年間国際金融の第一線で働いてきた小田原きよしは我が国が世界で勝ち抜ける経済力をつけることを中期のビジョンに据えて、再び国際社会で応分の敬意を受ける国にした上で次の世代に引き継ぎたいと願います。

 私、小田原きよしは子供の頃から文武両道をよしとして育って参りました。我が国を強くするには強い人材の育成からが信条です。サラリーマンだった一般人としての常識と、二人の子どもたちの父親としての責任と、70代の親たちを支える現役世代としての自覚を持って国政で働いて参ります。

小田原きよし


経歴

氏名 小田原 潔 (おだわらきよし)
生年月日 昭和39(1964)年5月23日生まれ
略歴

・東京大学経済学部卒
・富士銀行ニューヨーク支店勤務
・モルガンスタンレー証券マネージングディレクター
・平成23年3月25日よりテント生活を続けながら1年以上被災地宮城県七ヶ浜町で長期災害ボランティア活動に従事

・平成24年12月16日 第46回衆議院議員総選挙において初当選
・自民党政務調査会外交部会 副部会長
・自民党国防部会 副部会長
・衆議院 法務委員会 委員
・衆議院 財務金融委員会 委員
・衆議院 東日本大震災復興特別委員会 委員

・平成26年12月14日 第47回衆議院議員総選挙において二期目の当選
・衆議院 予算委員会 委員
・衆議院 安全保障委員会 委員
・衆議院 東日本大震災復興特別委員会 理事
・衆議院 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 委員
・衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 委員(閉会)
・第3次安倍第2次改造内閣 外務大臣政務官

住所 日野市在住
趣味 トライアスロン、執筆
家族 父(陸上自衛隊東部方面総監)
母(宇佐神宮神官職の家系)
妻、一男一女
座右の銘 「我未だ木鶏たりえず」